⑽アメリカの近現代史を客観的評価システムの観点から考察

次にアメリカの近代から現代にかけて、遡って見て行きます。

①アメリカとオランダの共通項

19世紀後半から20世紀初期にかけて、アメリカはイギリスを急速に追い上げ、世界の覇権国としての地位を築いていきますが、その背景・要因は正に200年前における覇権国となったオランダと類似している所が多くあります。

カルヴァン派のプロテスタントが中心核となり、救いにおける主観的な裁量を遠ざけ、救いの証としての客観的な収益・利潤の追求が原動力になった資本主義の発展、そして神の下の平等の考え方に基づいた環境の中、新来の移民でも最上層まで上り詰めることのできるアメリカンドリームと言われる流動性のある社会、 オランダにおいては宗主国スペイン、アメリカにおいては宗主国イギリスの圧倒的な軍事力に対抗するために宗派的に多様に一致団結する必要性から来る宗教的寛容性と特定の国教会が存在しないことなど共通項が多くあります。

両国ともにグループ主義の対極にある寛容の精神と高報酬の吸引力によって、多くの優れた人材が各地から移民として集まり、彼らの働きによってあらゆる産業が爆発的に発展していきます。

 

②民主主義から派生する結果的客観的評価システム

さらに、アメリカはオランダとの共通項以外にも覇権国となる要因がいくつかありました。

一つは民主主義から派生する結果的客観的評価システムの存在です。

フランス・ドイツなどが、なかなかこのシステムを機能できない中、旧宗主国のイギリスを手本に、移民国家で封建的支配層が直接的にはいない利点から、19世紀前半にはシステム機能し始めます。

また、アメリカンドリームと言われる流動性のある社会においては、イギリスのような実業を重視しないジェントルマン資本主義のような現象などとも、無縁でいることができました。

さらに付け加えると、米西戦争など周辺国に対しては、アメリカは帝国主義的な行動を採りましたが、対ヨーロッパにおいてはモンロー主義における不介入の宣言と孤立主義路線を採り、第二次世界対戦直前のファシズム国家の軍事的膨張が脅威となる時代には、周辺国に対しても強圧的な外交から善隣外交に転換するなど、西洋列強諸国と比較すると、帝国主義・植民地主義が生み出す対立・紛争の弊害小規模であったことも要因の一つです。

世界の大国として確立された20世紀前半からは、さすがに移民の制限が始まりましたが、世界中から優秀な人材を引き寄せる競争では他国に対して長期間にわたって勝利を収め続けました。

 

③アメリカの大学

その優秀な人材を取り込む仕組みの中心には、大学がありました。

アメリカ最古の大学はどれもカルヴァン派のピューリタンが創設しましたが、カルヴァンの教えにある職業的成功が救済の証拠になるという予定説の解釈とカルヴァン自身が教育に力を入れていたことから、職業に則した教育に熱心なピューリタンが、アメリカの大学の実学重視などの基礎的方向性を形成していきました。

また、寛容の精神からオランダの大学は17世紀最も国際色が豊かで 、特にイギリス人やスコットランド人などの多くの外国人が集まったように、アメリカの大学にも性別・国籍・年齢を問わず、多くの留学生や学者が世界各地から集まり、ハーバード大学など名門校の教授の多くは移民などの外国人が占めるようになりました。

カルヴァンのお膝元であったスイスの大学では、教育の質を評価し、向上させるために、360度評価である講師及び事業内容を学生に評価させ、さらに2年ごとに卒業生に大学の勉強が現在の仕事に実際役立っているかなどの質問における結果が公表されるなどの客観的なフィードバックシステムがあり、スイスの国際競争力が世界最上位クラスであることの大きな要因の一つになっています。

アメリカの大学においても同様に、学生が担当教授の評価をすることが義務付けられ、また大学の教授は実学重視の観点から、実際にスペシャリストとして企業や政府機関で勤務した経験を持つものが多く、学生に実践的な知識や技術を与えていきます。

アメリカンドリームの典型的な例に、アンドリュー・グローブがいます。

ハンガリー生まれの彼は、ハンガリー動乱の際に、祖国を離れ、アメリカに移り、ウェイターをして学費を稼ぎながら、大学で博士号を取り、インテル社発展の最大の貢献者となりました。

アメリカはやる気と能力のある移民が出世し、一生懸命頑張れば豊かになる可能性が一番高い国だと見られ、グローブのような多くの優秀な移民が優れたシステム下にある大学を媒介に集まり、移民の数え切れないほどの成功と貢献が生まれて行きました。

優れたシステムと世界中から集まる優秀な人々によって、アメリカの大学は長期間にわたって、世界大学ランキングのトップ10ほとんどを占めノーベル賞受賞大半アメリカの大学研究者が獲得していました。

大学は、官僚などの公務員をはじめとする様々な職業の公益に対する条件的評価システムの基礎となるものです。

それが客観的なフィードバック機能持つことによって、結果的客観的評価システム的要素もを帯びる形となります。

対照的なのが日本の大学です。

補助金・助成金の獲得のために、多くの天下りを受け入れ、癒着の温床となっており、教育の質を高めることに対する方向性が必然的に薄くなっています。

条件的客観的評価システムの歴史的に見た進歩度合いとしては、先ず初歩的な第1段階ものとしては、科挙があり、次に 第2段階として、学歴に基づいたメリットシステムがあります。

そして、第3段階としては学歴以上に社会の利益に則したものとして、ほぼ全職業に網羅された職業資格認定・技能鑑定制度があります。

スイス・デンマーク・ドイツなど国際競争力の強い国々の多くは、この第3段階の度合いにあるシステムを導入しています。

大学での専攻内容が、卒業後の職業に直接結びつくことが基本形で、日本のように学歴を基準に企業に就職するのではなく、実学重視のカリキュラムの中での成績評価GPA などを基準に特定の分野の特定の職種というようなスペシャリストとして就職していくアメリカのシステムは第3段階の度合いに準ずるシステムと言えます。

対して日本においては、スイスやアメリカのような結果的・客観的フィードバック機能がなく、教育の質を高めることより、天下り先を増やすことに方向性が向いている官僚の主観的なグループ主義的干渉が強く働いています。

そのため、日本の条件的客観的評価システムの進歩度合いは、第2段階目の学歴に基づいた段階で、長く停滞しています。

スイスやアメリカの大学生はよく勉強し、日本の大学生の勉強時間は国際平均に比べて圧倒的に低いと言われています。

アメリカやスイスでは様々な試験による評価が課せられ、それを通過しないと卒業できないため落第率が高く、卒業率が低くなっています。

また、アメリカの GPA などの評価は企業に就職する際に、大きく考慮されます。

大きく将来に関わってくる評価システムがあるため、皆が必死で学んでいきます。

また、教授サイドも、その勤勉な学生からのフィードバックによる評価に曝され、質の高さを求められるため、優秀な人材が国内外問わず集められることから、アメリカもスイスも半数以上の教授は外国人が占めています。

それに対して、日本の大学生のほとんどは卒業し、その成績も就職にほとんど関与しないため、つまり評価に曝されないことから、皆が余り学ばなくなります。

日本の就職において、評価の対象になるのは主に学歴です。

しかし、学歴は大学入学試験における国語・英語・数学・理科・社会などの教養科目に対する評価になります。

教養科目は、実際的に、社会の利益を直接的に生み出す実学とは距離があります

主にその実学を学ぶ場が大学であるのに、それに対する評価はほぼ存在しないため、皆が教養科目を対象とした大学入試では必死に努力しても、大学に入ってからは余り学ばなくなるのです 。

詩文や儒教の経書などを主科目とし、教育機関の裏打ちが極めて乏しかった第一段階の科挙に比べると、遥かにマシではありましたが、教養五科目という、一つのしかも実学から距離のある基準だけの観点で評価をすることは、公益とのリンクが薄くなるとともに、人々の能力・努力の多様性を無視し適材適所という観点でも隠れた才能を極めて埋もれやすくなります。

アメリカと日本で対照的なものが、IQが高い人が多いギフテッドと言われる人々に対する取り組みの違いです。

キフテッドと言われる人々は、一般的に注意力散漫であったり、共同作業がうまくできないと言う発達障害 ADHD併せ持つとされています。

長所と短所が合わせ鏡のようになる状態で、実際にギフテッドの人々の高校中退率はかなり高いと言われています。

日本では、高校中退者は学歴という基準だけの評価では低能とされ、就職もままならず、社会の落ちこぼれとされる場合がほとんどです。

しかし、ギフテッドと言われる人々の中には、アインシュタインやビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、ビル・クリントンなど多くの著名人が含まれます。

失読症であるディスレクシアである者も多く、アインシュタインもその中の一人で、第一志望の大学に落ち、滑り止めの大学でも教授とコミュニケーションが取れずに苦労したと言われています。 

一つの基準だけでの評価だけでなく、第三段階の条件的客観的評価システムのように、あらゆる職業に資格や技能鑑定を付与した評価基準が多くある方が、当然受け皿が大きくなります。

アメリカのように、大学に入ってから自由に好きな専攻を選択し、その実業に沿った専攻科目の成績評価 GPA が、その後の就職などの将来に大きく関与していくシステムも第3段階のシステムに準じたものと思われます。

アメリカでは、そのシステム以外に、直接ギフテッドの兆候が見られる子供達に早期に介入していくプログラムもあります。

できない所でなく、長けている所を探し、伸ばしていく教育がされています。

長所と短所は合わせ鏡であり、そういう意味で言えば、全ての人々がギフテッドで ADHD とも言えます。

その長所と短所の度合いが大きく、表面上に出ている存在が定義上のギフテッドと言うこともできます。

能力や才能のある優秀な人々というのは、ある意味その能力がたまたま適応する環境フリーライドしている側面があります。

優秀な人材を発掘、掘り起こすにはそれを評価するできるだけ多くの基準とそれを伸ばす教育の場が必要不可欠です。

ギフテッドでディスレクシアなどの大きなハンデがありながら、アメリカでは努力で克服し、活躍している人々が多くいます。

好きこそものの上手なれとは言いますが、自分の興味がある選択肢が用意されれば、人は努力乗り越えていく傾向があります。

大事なことは、限定した環境下でのたまたま適合した極めて一部分・一分野能力主義ではなく、様々な可能性・方向性が提示された中で、自分に適合するものを選択し、思う存分に努力し追求できる場を用意する実践的な教育システムとその努力を評価する客観的評価システムによって創設されて、保証される努力主義であるということです。

限局した範囲での能力主義に弾かれた者は、当然のことながら 努力する場も、評価もないことから努力をしなくなる傾向にあります。

様々な努力する場とそれを評価する第3段階のシステムある国の代表国であるデンマークスイスでは、自分の能力を向上させる生涯学習などで費やす時間はそれぞれ世界で1位、2位国際競争力もそれぞれ最上位レベルの順位に位置しています。

 

このようにピューリタン的要素から派生した客観的評価システムなどによってアメリカは超大国としての礎を築きます

 

④カルヴァン派のプラスの要素とマイナスの要素

プロテスタント内のピューリタンなどのカルヴァン派ルター派を比較すると、ルター派の思想はカルヴァン派と比べると、徹底さを欠き、武力抵抗についてルター否定してしましたが、カルバンは忍耐と抗議の末であれば、国民の中の指導層に限り、政府への抵抗権を認めていました。

また、ルター派の教会は領邦教会制で、政治権力の統制を受け入れましたが、カルヴァン派の教会は長老制度を採り、自立していました。

民主主義が発生するには、グループ主義移行論にあるように、封建時代の支配層にとって変わる、異なるグループ主義が必要となってきます。

カルヴァン派による予定説の解釈から生じた、救われることの証は富の蓄財にあるという考え方は、富の追求は召命であり、宗教的行為であるとしました。

それによって、富の蓄財を目的達成における客観的基準として邁進する人々を生み、場合によっては、癒着・賄賂・不正など公益と反比例する手段を行う者を含む経済的特権グループ主義を台頭させました。

ただ、これらの経済的特権は封建時代のグループ主義の特権よりは、はるかに流動的で、緩やかなものでした。

カルヴァン派教会において、主導権を旧体制から支配力、縛りの緩やかな長老制度に移行させたように、これらの経済的特権グループ主義も、封建的グループ主義にとって変わり、民主主義を発生させる大きな役割を果たしていきます

そして、救いの証の客観的基準を富の蓄財とすることに起因する富の追求を第一とする思想は、カルヴァン派神学者であり、国富論の著者であるアダム・スミスの資本主義万能説と小さな政府による自由放任主義の考え方に通じています。アダムスミスの画像

実際、アメリカは独立当初から政府が小さければ良いという主義を背景に、比較的単純な州政府が出来上がり、専門の知識を問われず、誰でも公職に就くことができました。

公職に伴う収入が大きかったため、大統領選挙戦が激化して大がかりになり、政党がマシーンと呼ばれるような厳格な組織となるに従って、党員の忠誠に報いるために、公職を提供する猟官制というシステムが出来上がりました。

このシステムは、資本主義の発達によって、社会構造が複雑化すると、政党政治が様々な利害関係と結びついて、金権政治へと転化されやすくなり、猟官制が選挙運動や資金提供に対する見返りへと変化し、無能な官史の増加と汚職の原因となりました。

そのため、アメリカでは同時期にイギリスにおいて採用された公務員の試験による任用制度メリットシステムを自国にも導入していきます。

しかし、すべての政府職員をメリットシステムによって採用したのではなく、一般的な公務員に当たる一般職 GS のみ試験採用し、幹部職員に当たる高級官僚 PA は今まで通りの制度が残されました。

 PA は政治任用され、政権が変わると数千のポストは主にシンクタンク・大学・財界などから登用され、前政権の官僚と交代します。

非営利団体で、専門家が揃うシンクタンクなどからの任用は猟官制の癒着などの要素を薄める作用も果たします。

また、政権交代時に大きく体制が平和裏に変わる仕組みは、官僚組織のグループ主義的暴走を防ぎ、民主主義から派生する結果的客観的評価システムの質を高める作用があります。

ただ、財界の企業や利益団体と PA の相互関係は政策形成の上で重要性はありますが、一方で財界と行政府の一体化となり、政策形成において公私の区別がつかなくなるリスクが極めて高くなります。

それを象徴する存在が、カルヴァン派の長老派教会出身で 、CIA 長官であったアレン・ダレスと国務長官であったジョン・フォスター・ダレスの兄弟です。

両人とも国際法律事務所に所属し、クライアントである企業の意向に沿った政策をプロデュースするため、国務省とクライアントの橋渡しをする任務を行っていました。

当時、キューバでは砂糖、グアテマラではバナナやパイナップルでユナイテッドフルーツ社、イランでは石油の権益を持っていたアングロ・イラニアン石油といった企業がその国に広大な土地やインフラを所有し、収益のほとんどを吸い上げ、当事国の人々の生活を苦境に貶める新植民地主義がアメリカの多国籍企業を中心に進行していました。

企業と政府ポストの回転ドア人事による癒着を背景に、新植民地主義が アメリカ政府によって裏打ちされ当事国における多国籍企業の利益に反する政権が次々と転覆されていきます

その中心的な役割をしたのはダレス兄弟です。

イランのモサデク首相、グアテマラのアルベンス大統領、インドネシアのスカルノ大統領、コンゴのルムンバ首相などを共産主義者と無理やり決めつけることによって、次々と失脚させていきます。

しかし、実際は多くの指導者は、民族独立・国際的中立思想を唱えていたのであり、民主化の芽を摘み、アメリカ企業に優遇措置を講じる独裁政権を擁護する状態は、アメリカが建前上打ち出している発展途上国に民主主義を普及させ、独立支援していくという方向性と正に逆行する形になっていました。

アメリカが介入することで、コンゴ動乱、グアテマラ内戦など多くの人々が争い、貧困に喘ぎ、苦しみ、アメリカ多国籍企業のみ一人勝ちする仕組みは、その後の世界に甚大な禍根を残すことになりました。

戦後、しばらくの間は日本の戦後民主化を助け、その成功を持って、韓国や台湾にも農地改革などを進行させようとし、イランにおいても当初は民主化を強化し、モサデクを支援し、イランが国力をつける方向性に誘導しようと、建前上と同じ行動をアメリカは取っていました

しかし、アメリカの最大の弱点とも言える猟官制の要素、つまり財界もしくはその利益を代表するグループの出身者を行政府に入れてしまうということによって、その方向性が変質していきます。

多国籍企業大企業を中心に考えるのでなく、国益を中心に考えるのであれば、国内的には独占を禁止し、競争原理が機能する中小企業を重視する20世紀初頭の進歩主義的な政策、国外的には植民地主義的な政策を取って対立軸からなる争いから失う莫大な損失をするよりも、内部改革を誘導・高度経済成長を促し投資による利回りによる利益を得る政策の方が望ましい形となります。

しかし、大企業出身者政府の要職を多く占めることになると、国益よりも多国籍企業のグループ主義的利益が重視されることになります。

さらに、アメリカにはそれを助長する仕組みとして、ロビー活動が当たり前のことのように大々的に行われる政治資金制度があり、数万に及ぶ元議員や元官僚、弁護士出身のロビイストが企業や利益団体の政治献金を仲介し、それらクライアントに有利な政策を実行させるように働きかけます。

トップクラスのロビイストは年収が数百万ドルに及び、日本における天下り官僚と同様の役割と影響力を発揮し、政治家が国民全体の利益ではなく、特定の後援者の利益を優先する傾向を方向づけていきます。

腐敗指数良好度最上位にある北欧のスゥエーデンにおいては、企業献金がほとんどなく政治資金はほぼ国庫から賄われ、議員は利益団体ではなく、国民全体の代弁者として行動するという、正に対照的なシステムになっています。

言論の自由の観点から、政治活動に関する献金の規制をほとんど緩和させることは、政治献金額の大小によって当選が大きく影響されて行き、金の力言論の力に等しいという現象を生み出し、民主主義の中核である選挙はマネーゲーム化して行きます。

これは、正にカルヴァン派のを救いの証の客観的評価基準として第一に目的追求していく流れ作り出したものと言えます。

カルヴァン派のプラスの要素によって、アメリカは世界一の超大国として、成長しますが、皮肉なことにそのマイナスの要素によって逆境に追い込まれて行きます

 

⑤米英の共通点

第二次世界対戦後、1950年代までは世界経済の中でアメリカ一人勝ちな状況でした。

しかし、徐々にアメリカ製品が他の国々の製品との競争に押され始めます 。

1970年代にはアメリカ製品の輸出が頭打ちになり、逆に他国からの輸入が増加したため、南北戦争を克服して工業化に成功し、黒字に転じてから100年ぶりに貿易収支が赤字に転じます

1980年代からは莫大な財政赤字と貿易赤字が併存した双子の赤字の状態に陥ります。

アメリカ製品が押され始めた理由、つまり貿易収支が100年ぶりに赤字に転じてしまった原因は、カルヴァン派のマイナスの要素、資本主義万能主義・自由放任主義の方向性です。

資本主義経済に対して、自由放任的対応すると、自然な流れで大企業を中心とした成熟した寡占体制となり、徐々に競争力が失われてしまいます。

寡占度を高めた基幹産業におけるマークアップ・プライシングによる価格設定インフレを高め、さらに対外競争力が低下し、アメリカ製品が売れず、当然のことながら景気が沈滞し、スタグフレーションを引き起こします。

景気回復のための従来的な需要増加を目的としたケインズ政策的財政出動も、北欧のように腐敗指数が最良の順位で民主主義から派生する結果的客観的評価システム機能が十分働いている政府下で行われるのならともかく、政治資金制度がほぼ自由放任でマネーゲーム化した民主主義下腐敗指数が先進国中最悪とも言える順位であるアメリカの政府による財政出動は効果的な作用を及ぼしませんでした。

供給力を強化することを主としたサプライサイド経済学的な政策も、非現実的なセイの法則が成立する必要があり、その法則が成立するのは極めて限定的なものでした。

マネタリスト的な金融緩和も、短期的視点で言えば効果はあっても、カンフル剤や対症療法的なもので、根本療法的なものでないため、長期的視点で見ると、逆に反動によるリーマンショックなどの大きな恐慌を呼び込むことになってしまいます。

自由放任的な政治資金規制下での腐敗指数が悪い政府下でのケインズ政策が不十分もしくはマイナスの要素の結果的客観的評価システムが効いた状態とすれば、反ケインズ的・小さな政府を指向するマネタリズムやサプライド経済学的な政策は結果的客観的評価システム自体の作用を極めて少なくすることを意味します。

大事なことは質・量ともに充実・整備された客観的評価システムを実施することなのに、質の悪い結果的客観的評価システムを取る、はたまた結果的客観的評価システムがほとんど効かない状態を取るに議論は終始してしまっています

従来通りのケインズ政策を選択したカーター政権も自由放任主義・小さな政府を指向したアダム・スミス的先祖返りの政策を選択したレーガン、ブッシュ政権も当然のことながら両方とも失敗します

レーガン、ブッシュ政権に至っては莫大な財政赤字を含む双子の赤字状態になります。

莫大な財政赤字の主たる原因は、アイゼンハワー政権に遡って、考察する必要性があります。

戦後、しばらくは建前と一致する民主化の普及外交であったのが、アイゼンハワー政権においてダレス兄弟が影響力を持つことによって、方向性は一変します。

アイゼンハワー自体、軍人一筋の人であり、政治にはあまり通じていない中、クライアントである多国籍企業のための政策を政府に働きかける役割をしていたダレス兄弟が国務長官と CIA 長官という外交上の最も重要な地位につくということは、アメリカの外交政策が国益よりも多国籍企業の利益を優先する方向性に傾くリスクが極めて高くなることを意味します。

 実際的に多国籍企業が一人勝ちする、資本主義放任主義から生まれた帝国主義を彷彿とさせる新植民地主義的政策にシフトチェンジして行きます。

当然、戦前イギリスを筆頭とする帝国主義に邁進する西欧列強国が短期的には利益を吸い上げたにせよ、長期的には原住民や他の列強との対立・紛争の図式によって、逆に莫大な費用や損失が計上され、国力が加速度的に落ちたように、アメリカもソ連との冷戦、ベトナム戦争、アフガニスタン紛争、イラク戦争その他多くの国々への軍事介入などによる莫大な、世界の総軍事費の1/3に至るほどの軍事費用が重くのしかかり、自然な流れで莫大財政赤字に陥ります。

つまり、イギリスが軍事費などの同様の要因により覇権国の座から滑り落ちたように、アメリカも世界一の超大国としての立場を大きく揺るがすことになります。

アイゼンハワー政権のように、レーガン、ブッシュ政権においても、同様の状態が続きます。

しかし、この莫大な財政赤字黒字転換させる政権がアメリカに現れます。

それがクリントン政権です。

クリントン政権では、それまでの共和党政権の小さな政府を指向することでもなく、ニューディール以降の民主党の伝統的なケインズ政策を実施したわけでもありません

NPR 、国家業績評価という結果的客観的評価システムの一種を導入して、国家改造を行う過程において様々な政策、財政出動をして行きます。

比較的大きな政府の中、政府が民間の経済活動に積極的に関わり、雇用の創出をしていくという点では伝統的なケインズ政策とはほぼ変わりません。

しかし、そこに結果的客観的評価システムを直接効かせるか、そうでないかによって両者は大きく異なっています

NPR によって行政職員の意識は大きく変化し、目的を明確にし、業績測定などにより、インセンティブと行うサービスに対する説明責任を持ち、自発的な行動が見られるようになります。

その実施過程の中、ベンチャー企業支援や IT 産業発展の環境整備、次世代自動車開発などに補助金や軍が蓄積してきたハイテク技術を投入するなど、民間の経済活動への政府の介入に慎重だった共和党政権に対して、クリントン政権は政府の産業介入を鮮明にし、自由放任主義の方向性を大きく方向転換しながら、昔ながらのケインズ政策のように需要増加ありきのものではなく、明確な目的の下、実効性・効率性を重視した政策を進めて行きます。

その結果、アメリカ経済はアメリカ史上最長の景気拡大・株価上昇を記録し、失業率もインフレ率も低下し、30年近く続いていた政府の財政赤字もクリントン政権末期には解消されました

ジャーナリズムはこの繁栄の下のアメリカ経済をニューエコノミーと名付けます。

この言葉はベトナム戦争以降の長い経済・社会の停滞・低迷を脱し、自信を取り戻した人々の心に刻まれました。

その背景には IT 革命に代表される技術革新の進展により、アメリカ経済の体質が変わり、強いアメリカ経済復活したという認識にありました。

このレーガン、ブッシュ政権における小さな政府・自由放任主義的政策が失敗に終わり、クリントン政権における結果的客観的評価システムの一種を行政の業績に直接作用させる政策が効用し、アメリカ経済奇跡の復活を成し遂げた現象は、正にイギリスが英国病脱する過程における 現象と共通します。

小さな政府・自由放任主義のサッチャー政権下では英国病からは脱することができなかった中で、結果的客観的評価システムの一種を作用させたメジャー、ブレア政権下では、歴史上最も長い期間における安定成長を続け、先進国中一人当たりの GDP が最下位であったイギリスは上位に返り咲き、英国病を脱出することに成功している流れが、アメリカにおけるものと非常に類似しています。

 

加えて補足すると、

1⃣結果的客観的評価に対する報酬シンガポールなどに比較して圧倒的に少額

2⃣官民の回転ドア方式から来る便宜供与などの癒着の要素

上記、二つのマイナス面によって、結果的客観的評価システム機能が不十分になってしまっている点においても、米英で共通してしまっています。

結果的客観的評価システムの機能を不十分にしている二つの要素1⃣2⃣は、クリントン政権からブッシュ・Jr政権に変わって特に大きくクローズアップされていきます。

日本の天下りアメリカ版ともいえる業界の利益体現構造である政府・官庁と財界との間を行き来する回転ドア方式は、ブッシュ・Jr政権においては極めて顕著になり、閣僚メンバーは財界と関係の深いというよりも、財界人そのものといえる者が多く、軍需産業のドリームチームとも揶揄されるほど、特に軍産複合体に深く影響を受ける政権になりました。

結果的客観的評価システムを直接効かせても、その評価による報酬よりも、政・官・財の利益体現構造による癒着・便宜供与からくる利益の方が大きければ前者よりも後者をセレクトしてしまうのが、当然のことながら自然の流れといえます。

シンガポールを真似て、同様に GDP と連動した結果的客観的評価システムを導入した中国において、それによる腐敗防止が余り効用しなかったのも、賄賂・不正的行為などから得る裏の収入を除いた表の名目上の公務員の給料は極めて低いため、それを基準に上乗せしても、裏の収入には遠く及ばないため、当然のことながら前者のシステムよりも後者重視するものが多くなるためで、この様な現象がブッシュJr政権でも同様に生じてきます。

回転ドア方式による政・官・財のグループ主義が生み出す莫大な支出によって、すぐに双子の赤字再発します。

また、結果的客観的評価システムである行政府の業績評価においても、クリントン政権時代からの NPR 、GPRA 、ブッシュJr政権における PART と試行錯誤がされ、多くの業績指標と重複する複数の業績マネジメントシステムが出来ましたが、結果としては議会・省庁などで余り評価結果は使われず、効果が十分に出る状態ではありませんでした。

原因としては、共和党政権下の行政評価は、 NPR 時の政府はどの様にサービスをするのが最善かという考えよりも、アダム・スミスからフリードマンの流れにある資本主義万能・自由放任主義・小さな政府の方向性から誘導される、政府は何をすべきかという考えに変化して行き、予算と連動して行く PARTにしても、その予算決定権マネーゲーム化した民主主義の下にある議会に握られており、行政評価の中心的役割を持つ GAO にしても、その GAO 自身の予算減額を議会の多数派である共和党から示唆されることによって圧力を受け、独立性脅かされるなどがありました。

この様に、アメリカを次々と結果として逆境に追い込んでしまう要因はどこにあるのか ?

それは主として、資本主義万能・自由放任主義・小さな政府の考え方にあります。

お金というものは客観的評価システムのあくまでツールであり、決してそのシステム自体ではありません

それなのに、そのツールに全てを任せてしまい、見えざる神の手という極めてあやふやな、しっかりとした裏打ちのない仮定上のものに全般の信頼を託しても、うまく行くはずがありません。

しかし、なぜこの様な空想的な考え方が、根強く主流派をなして来たか?

その答えは、救いの確証の基準を天職を励んだ結果としての富の蓄財としたことから、富の蓄財最も重視し、第一としたカルヴァン派プロテスタントの影響があります。

カルヴァン派は、カトリックが救いの基準をローマ教皇を頂点とした教会上層部の主観的裁量に委ねていたのを、富という客観的基準に救いの確証を求めることによって、古代・中世における宗教権力と一体化した封建体制崩壊させ、近代の扉開かせました。

グループ主義移行論に則り、表すと封建主義のグループ主義から資本主義におけるブルジョア的グループ主義への移行によって、民主主義を生み出すきっかけを作りました。

実際、資本主義先進地帯カルヴァン派が多数派であった地域に多く、カトリックやルター派が多数派であった所では余りありません。

 

カルヴァン派は資本主義を媒介に、民主主義を生み出した最大の功労者とも言えます

 

しかし、資本主義のみ追求して行くと、国内においては、大企業による寡占・独占が進行し、競争阻害され、半分共産主義と実質的には変わらなくなってしまいます。

国外においては資本主義は常に市場を拡大し続けるため、戦前においては帝国主義、戦後においては新植民地主義が広がり、紛争・戦争を引き起こします。

 

資本主義の最大の利点である自由競争生かし最大の欠点である戦争・紛争・環境破壊・恐慌などを防ぐにはどうしても公(おおやけ)のコントロール 必要不可欠です。

しかし、その公(おおやけ)のコントロールがどの程度、的確に整備された客観的評価システム下に置かれているかによって効用の度合いも大きく変わって来ます。

 

ただ、コントロール自体がないと、先ず、自然の流れで、時間が経るにつれて、財閥・巨大企業イニシアチブを取るようになってしまいます。

取るまでは経済・社会は発展しますが、彼らが主導権を握ると状況が一変します。

自由競争は阻害され、癒着が蔓延り、新しい技術のイノベーションもされにくくなります。

20世紀後半時に同じアジアでNIES と言われた韓国と台湾に焦点を当ててみるとよくわかります。

韓国財閥王国台湾中小企業王国と言われ、対照的な経済体制を取っていますが、初期においては両国とも急成長していきます。

韓国も漢江の奇跡と言われるほど経済成長していきます。

しかし、その時期は財閥自身、形成途上の中、成長のエンジンとしての役割を果たしますが、形成が なされ、経済支配するようになると、国内市場を寡占化したり、技術を持った有望な中小企業を潰していくなど、資本主義の最大の利点である活発な自由競争阻害して行きます。

経済成長を実現する上で、非常に重要なものがイノベーションですが、イノベーションには革新的なものと改良的なものがあります。

革新的なイノベーションは、従来の製品や技術とは根本的に異なる物やサービスを生み出すもので、改良型は既存の技術を改良してより低コストで生産し、品質を改善するというものです。

一般的に大企業改良型のイノベーションに優れ、中小企業の方が革新型のイノベーションに優れています。

大企業はすでにビジネスで優位な立場にあり、自分の市場を守らなくてはならないため、自らのビジネスを伸ばすような改良型技術に資本を投ずるインセンティブを強く持っています。

しかし、自らの従来のビジネスを破壊するかもしれない革新的技術に資本を投ずる意欲は弱くなります。

後発のベンチャーや中小企業にとっては、守るべき市場がないため、革新的なビジネスに集中し、巨額の利益を確保する可能性に賭けた方が合理的とも言えます。

海外をキャッチアップする段階の時は、改良型のイノベーションが中心であっても、高い経済成長をあげることができます。

キャッチアップだからこそ、改良型イノベーションの機会が多くあるといえるからです。

しかし、世界経済のフロンティアに近い所まで辿り着いくと、革新型のイノベーションなしで、経済全体のパフォーマンスを上げることは非常に難しくなります。

実際、韓国は先進国的地位に着いてから、通貨危機など経済破綻繰り返しています。

また、昔の財閥支配が著しかった戦前の日本のように、政・官・財のグループ主義による腐敗激しく、歴代の大統領は失職するとほとんどがその後、訴追されるという現象も生み出してしまっています。

 

自然科学分野のノーベル賞企業家精神密接な関係があると言われています。

実際、各分野で多くの受賞者が企業の創業者や理事、研究員といった形で、研究成果の事業化に取り組まれています。

 

しかし、韓国における自然科学分野のノーベル賞皆無であり、財閥重視の形態が既存の技術を改良したり、コストダウンすることができても、新しい技術開発することが難しいことを表しています。

 

対して、中小企業王国起業家精神旺盛な台湾においては、韓国に比べて人口が半分に満たないのに、自然科学のノーベル賞受賞者を韓国に先駆けて、輩出しています。

台湾においては中小企業を育成するために、政府が様々な面で大きく関与し、政府系研究機関からスピンオフという形で多くのベンチャー企業生まれています。

 

市場が正常に機能するための基本的な仕組みである独占禁止法や公正取引委員会はもちろんとして、ベンチャー企業などの中小企業が海外で国際競争力を持って活躍するには、政府系機関バックアップ必要不可欠となります。

 

アメリカは合衆国史の初期段階から、政府が経済に介入するのを避け、自由放任主義原理としてきましたが、19世紀後半における金ぴか時代を経て、大企業の影響力が増大し、地方自治体の政府が腐敗した政治家に支配される例が多く見られるようになると、進歩主義という改革運動が発生します。

 

当時、腐敗した大企業と結託し、泥棒男爵と呼ばれた政界のボスによる不正行為などの行き過ぎた資本主義政治腐敗に対して、世界の独禁法の起源となるシャーマン法クレイトン法などが制定され、その他事業規制や乱開発などの環境破壊に対する自然保護政策などが採られるようになります。

1890年から1920年にかけてのこれらの時代は進歩主義の時代と言われています。

 

しかし、進歩主義の時代から狂騒の20年代と呼ばれる時代に入ると、保守的な共和党政権が3期続き、3期ともに自由放任経済政策を実施し、政府は大企業との密接な関係を固めて行きます。

企業統合が相次ぎ、巨大企業が続々と誕生し、大量生産が供給されますが、グループ主義形成による富の偏在により、一方で過剰ストックによる過剰投資、もう一方で富が行き渡らない層における過少消費もしくは債務や極端に上昇した株価など投機に裏打ちされた消費とのギャップにより、必然的にある一定の閾値を超えた時点で株価が暴落し、それに合わせて債務上昇、消費・需要が急激に加速度的に減少する恐慌勃発します。

この恐慌は20世紀最大の世界大恐慌発展し、第二次世界対戦大きな要因にもなります。

 

戦後、ケインズ政策非効率的な行き詰まり、レーガン、ブッシュ政権による自由放任主義政策がまたもや採られましたが、莫大な双子の赤字を生み出し、失敗に終わります。

 

その後のクリントン政権におけるニューエコノミーの時代においては 、NPR の下、ベンチャー企業・中小企業に SBIR などの研究開発支援政策が推進され、中小企業アメリカ経済リードして行きます。

ベンチャー企業における研究開発は、巨大企業に比べて3~5倍もの特許を生み 、GDP において1%にはるかに満たない資金で20%以上の価値を生み、民間の雇用においても10%以上を生み出して行きます。

ニューエコノミー時代以前の過去20年間の労働生産性成長率に比べて、ニューエコノミーにおける成長率は3%と倍以上にも上昇しています。

 

しかし、クリントン政権時の議会が上下両院とも共和党多数になると自由放任主義圧力が強くなり、共和党員によって提出され、上下両院ともに賛成多数で可決されたグラス・スティーガル法廃止法案通りました

グラス・スティーガル法は、大恐慌後にその再発を防止する役割を果たしてきた銀行と証券を分離する金融規制です。

この廃止によって、恐慌の発生リスクが極めて高くなります。

その後のブッシュJr政権においては、共和党政権としての特徴である小さな政府・自由放任主義政策がやはり実施され、軍需産業を中心とする財界と繋がりが極めて強い典型的な状態となり、クリントン政権時財政黒字であったものが、当時において史上最大財政赤字に転じてしまい、第二次世界大恐慌とも言われるリーマン・ショックを必然的に引き起こしました。

 

アメリカの歴史を見ると、強固にカルヴァン派救いの確証に裏打ちされた富の蓄財第一とする資本主義万能論・自由放任主義深々と根付いており、進歩主義ニューエコノミーなどの改革がなされても、形状記憶合金のように、元来のものに強く戻ろうとしてしまいます。

富の蓄財という行為は必ずしも社会の利益と沿うわけではありません。

というよりも沿う方少ないとも言えます。

 

富の蓄財を救いの確証の客観的基準にすることは、カトリックの全く客観的基準がなく、ローマ教皇を中心とする上層部祭司の主観的なものに、救いの裁量が支配されている状態に比較すると優れたものと言えますが、所詮ただ一つの偏った客観的基準に過ぎません。

 

社会の利益に沿わない場合が多々ある中、その基準だけに邁進することは必然的に様々な諸問題、つまり拝金主義・腐敗・戦争・環境破壊・恐慌などを増産することに繋がります。

 

この一つの偏った富という客観的基準を社会の利益と沿わすには、社会の利益を出した者が、より富を得られるという質・量ともに十分に整った客観的評価システムの関与が必要不可欠となって来ます

つまり、資本主義は先述したように必要な要素ではありますが、同時にそれをコントロールする政府の介入も客観的評価システムを効用させるために必要な要素であり、どっちかを選択するのではなく、両方必要ということになります。

その上で、コントロールの内容にどれだけ客観的評価システムの要素を含ませるかが何よりも重要になって来ます。

 

共産主義の国家のように、全く客観的評価システムの要素を含まないのは論外です。

 

また、安定した民主主義国家であっても、英国病を患っていた時代のイギリスのように、国営企業などの労働組合がスト権を濫用し、非民主的な組織主導権を握り、安定した民主主義から派生する結果的客観的評価システム効用阻害されている時期なども問題があります。

結局は、その結果的客観的評価システム自身によって修正がなされましたが、時間がかかり、その間はその結果的客観的評価システムの効用が不十分な状態のため、イギリスは長期間において英国病を脱することができませんでした。

 

逆に、民主的国家の要素が薄い、半分独裁国家的存在であるシンガポールのように、安定した民主国家から発生する結果的客観的評価システムの効用が十分に見込めなくても、違う種類結果的客観的評価システムである直接 GDP 成長率という業績評価と官僚に対する高額の賞与などの報酬をリンクさせたものの効用がある場合は、腐敗度の少ない、健全な国家的発展を築くことができます。

多くの人口を擁する社会おいては、グループ主義排し社会の利益主義推進するためには客観的評価システム必要不可欠です。

貨幣は客観的評価システムのための、極めて有効な媒介・ツールです。

代替物である土地・特権流動性がないため、逆に封建的・固定的グループ主義を惹きしやすいというなどの問題点があります。

そういう意味でも、貨幣経済が発展した形の資本主義は他に優れた代替物がない限り、必要不可欠な制度と言えます。

しかし、当然のことながら、媒介だけ、ツールだけでは客観的評価システムは作動しません

その本体であるシステム動かすものの介入必要不可欠です。

それが公(おおやけ)を代表する政府になるわけです。

 

その政府形態は歴史的に見て、大きく次の三つに分けることができます。

❶国民により選ばれた政党などが中心に政府を構成する民主国家

❷独裁者や絶対王政における君主などの一人の人物を中心に構成する 独裁国家

❸複数の貴族・特権階級などが権限の少ない君主など代表者を表面的に立てながら、実権を握り、政府を実際的に中心になって構成するような国家貴族制封建国家

時代的に言えば、西欧においては絶対王政時代になる前までの、東洋では科挙が根付くまでの国家は大体これに当て嵌まります。

 

結果評価にさらされるのが前者二つの❶❷です。

後者❸においては責任を取るものが明確でなく、表面的代表者をすげ替えても、実質的な権力体制、問題点がそのままで改善されない場合が多く、社会が沈滞し、紛争が多発し、人々が貧困に喘ぐ傾向にあります。

中国や朝鮮において科挙が根付くまでは、何百年もの内戦が繰り返されており、西洋においても中世の暗黒時代はカトリックのローマ教会と直接結びついた貴族制によって作られた停滞・貧困・争いの時代でした。

前者二つ❶❷を比較した場合、当然優れているのは❶民主国家の方です。

平和裏に政権を変えることができ、その度に改善を伴うことができ、安定した民主主義下では結果的客観的評価システムが機能するからです。

独裁国家の場合、リークアンユーが来るのか、ヒットラー来るのか、名君が来るのか、暗君が来るのか予測がなかなかつきにくく、さらに独裁体制が世襲制の場合は代を重ねることに質が劣化していく傾向にあります。

しかも、政権を変えるためには、暴力という手段を使わないとほぼ不可能で、民主国家に比べて極めてハードルが高くなっています。

よって、三つの国家を社会利益の観点で順番をつけると民主国家が❶位、独裁国家が❷位、貴族制国家が❸位とつけることができます。

しかし、民主国家が民主主義から派生する結果的客観的評価システムを獲得できなかった場合、つまり❶形態の結果評価を背負うシステムを築けなかった場合、❷形態で背負う君主などは既に消失している為、実質的には背負う存在がない❸形態に陥ってしまいます。

古代ギリシャの民主政、共和政ローマ、フランス革命直後の共和政、近世ポーランドの貴族民主主義、ドイツのワイマール共和国、大日本帝国の憲政の常道などが挙げられます。

これらは、それぞれ元々❷の形態であった時よりも、社会は混乱し、争いが満ち、貧困や不幸倍増してしまいます。

公益の結果評価を背負う存在がないため、問題点が噴出しても、改革が滞ってしまいます。

その結果、当然のことながらグループ主義が蔓延し、それがさらに紛争を生み、それによってさらにそれぞれが身を守るために、誰もがグループ主義に邁進してしまう悪循環に陥ります。

共和制ローマにおける内乱の一世紀、近世ポーランドの大洪水時代からのポーランド分割、戦前日本の東北を中心とした農村部の荒廃と身売りの常態化など民主主義進行することによって、逆に社会マイナスの方向に進んでしまいます。

民主国家が優れてる要素は、そこから派生する結果的客観的評価システムの苗床としてであり、それが育たなかった場合、逆に大きな不幸を社会にもたらす結果になってしまいます。

直接民主制のアテナは、民主主義の度合いで言えば、高いとも言えますが、好戦的なデマゴーグによるポピュリズム的衆愚政治により国力が低下し、対極の政治体制であるスパルタの軍門に下ります

イギリスよりも先駆けて準立憲君主制、議会制民主主義を実践したポーランドは、選挙権を持つ率は人口の1割を超え、数百年後の19世紀のイギリス・アメリカよりも高い状態でした。

しかし、全会一致の原則などによって結果的客観的評価システムが成立不可能であったため、❷形態の君主制の下ではヨーロッパで最も広大かつ多くの人口を抱える大国の一つ であったポーランドは、大洪水時代における破滅的な内外問わない一連の紛争・戦争の結果、人口の1/3を失い、大国の地位を失います。

そればかりか、隣接するロシア帝国・プロイセン王国・オーストリアの❷形態の君主制の三強国によって、何度も領土を分割され、一時期的に国は消滅してしまいます。

そして、長い間においてポーランドの人々は反ポーランド主義の中、差別され、抑圧されてしまいます。

つまり、❷形態の方が、公益における結果評価に曝される存在があるだけ、ない❸形態よりは遥かにマシということです。

ドイツの社会心理学者であるエーリヒ・フロムが民主制から独裁への移行を自由であることによる不安が人間を権威主義に走らせると読み解き、自由からの逃走と表現したことは有名です。

しかし、自由からの逃走というよりも、❶形態になれない中で、❸形態から❷形態への逃走と見た方がより正確なのかもしれません。

公益にとって大事なことは客観的評価システムの度合いであって、民主主義の度合いではありません

でなければ、独裁国家であるシンガポールが、他の独裁国家はもちろん民主国家と比較しても、極めて経済的最上位に発展し、腐敗度合いも最も少ないレベルにあることを説明することはできません。

ただ、民主主義から派生する種の結果的客観的評価システムは極めて重要な働きを擁するため、その苗床としての民主国家はそのシステムを導入するという条件であれば、さらに優れた代替となるシステムがない限り、極めて望ましい形態ということができます。

しかし、民主主義のような社会的大改革を行う際には、グループ主義移行論が適応してしまうことがほとんどで、その別のグループ主義の負の要素を背負ってしまいます。

〇イギリスにおけるジェントルマン資本主義における不労所得指向階層の二極性の負の要素

〇アメリカにおけるカルバン派の教理から派生した資本主義万能論自由放任主義の負の要素などです。

 

カルバン派は資本主義を媒介に、民主主義を生み出した最大の功労者であると同時に、資本主義の欠点とされる環境破壊・恐慌・戦争など現代の世界危機を生み出した大きな要因の一つとなってしまっています

 

では、社会的大改革を行う際に、既存のグループ主義を別のグループ主義に移行させて、また別の問題を発生させるのではなくて、グループ主義自体を減少させることはできないでしょうか?

 

同じプロテスタントでもカルバン派ルター派は性質が変わってきます。

グループ主義移行ではなく、グループ主義自体を減少させる解決策を考えるにおいて、ルター派諸国の近現代における歴史が非常に参考になります。

 

民主主義を創り出したのはカルバン派です。

しかし、それを成熟させたのはルター派です。

次回からは、このルター派諸国の近現代史を、遡って考察して行きます。➡⑾北欧諸国の近現代史を客観的評価システムの観点から考察

前回⑼イギリスの近現代史を客観的評価システムの観点から考察

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