⒀シンガポールの近現代史を客観的評価システムの観点から考察

独裁国家でありながら、腐敗度世界最良レベルに常に位置しているシンガポールは極めて特殊な国家と言えます。

この国家の歴史を遡って行きます。

記事の目次

①戦前のシンガポール

14世紀頃までは、この地域には主な産業などがなく、途中も痩せており、農業も栄えておらず、海賊を生業としている人々が多く住む海賊の漁村的存在でした。

ヒンズー教王国であるマジャパヒト王国やマレー系イスラム港市国家であるマラッカ王国の支配下にありました。

16世紀になると、ポルトガルの侵略を受け、その植民地支配下に置かれ、その後はオランダ、イギリスと影響下、支配下に置かれます。

イギリスの植民地支配のきっかけを作ったのは、イギリス東インド会社の書記官であったトーマス・ラッフルズで、マレー漁師150人余りの小さな漁村であったシンガポールを無関税の自由港政策などで中国やインドなど周囲の国の人々の移住を呼び込み、人口は1万人を突破し、急速に発展させ、オランダにもイギリスの植民地支配を認めさせます。

劇的に発達したシンガポールでしたが、マレー人たちへの圧政は厳しく、独立を抑制するための徹底的な奴隷支配が続きました。

第二次世界大戦中の日本占領時代を経て、再びシンガポールはイギリス領になりますが、イギリスは戦勝国とはなったものの、戦争で大きなダメージを負い、原住民の長年培われた反英感情も高まり、戦後は独立の動きが活発となって行きます。

 

②戦後のシンガポール

独立運動の担い手リー・クアンユーが率いる英語教育を受けたⒶ海峡華人グループと中国語教育を受けた華人が率いるⒷ共産系グループでした。

 

両者は政治的イデオロギーが全く違いますが、当初は共闘して行きます。

 

両者の違いは、後者Ⓑ中国からの移民集団として民族別・出身地別のコミュニティで生活していたのと異なり、前者Ⓐはシンガポール生まれ、海峡生まれとしてのアイデンティティーが強く、イギリス式の教育を受けた留学経験者達でした。

 

リー・クアンユー自身も少年時代は中国人の友人はほとんどなく、一緒に遊んでいたのはマレー人の子供達で、マレー語で話しており、中国語を話すようになったのも政治活動の必要性から学習し、習得した結果でありました。

 

リー・クアンユー客家出身ですが、この様に 客家特有の移民集団としての出身地・民族に由来する共同社会的要素の背景を背負っておらずⒶ海峡華人グループ全般にそれは言えることでもありました。

しかし、後者Ⓑのグループその要素を色濃く、持ち続けていることから、共産主義の影響を強く受けることになります。

 

実際的に、後者Ⓑグループの源流的組織であるマラヤ共産党が20世紀末に武闘放棄した時の兵士800人のうち500人が客家人であり、従来型の客家集団共産主義と深く相関関係はあることがわかります。

 

共産主義ミクロ的共同社会マクロ的に発生させたもので、強固なグループ主義、集団欲に由来するものであることからカルバン派諸国における万能資本主義的グループ主義以上に強い攻撃力があり、ロシア革命・ドイツ革命などを見ても、旧来支配層の封建的グループ主義取り払う力を持ちます。

 

リー・クアンユーも戦後初期においては、イギリスを追い出し、独立を達成できるのはマラヤ共産党だけであると演説しています。

 

しかし、旧来の支配層を追い出す能力はあっても、客観的評価システムの機能が極めて効きにくい環境のために、内部争いが頻発し、より良い社会を作り出す能力においては共産主義本的に欠如していると言えます。

 

カルバン派の万能資本主義を追求し過ぎて、客観的評価システムの介入をも削減してしまうと、大戦以前のフーバー大統領時代やフリードマン理論の固執によるリーマンショックの様に、世界的規模の恐慌など様々な問題点が生み出されてしまいます。

 

しかし、客観的評価システムがほとんど正常に機能しない共産主義が生み出すマイナス面はそれらよりも数段も巨大であることは、共産主義国家が現在まで世界に及ぼしてきた破滅的作用の蓄積の歴史を見ればわかります。

 

内外問わない対立・紛争・虐殺・粛清・迫害の数々に加え、環境破壊の著しさなどは他の諸国と比較しても少し次元が違うレベルのものと言えます。

 

共産主義国家が創立される内因的要素として、ユダヤ民族・客家などの共同体平等思想他決思想がありますが、外因的要素 としては植民地国が旧宗主国である西側諸国と対立して独立し、東側のソ連などの共産主義国の援助を得る過程としてのものがあります。

 

シンガポールにおいての内因的要素としての共同体に関しては、確かに華人は3/4を占め、その中の1/3は客家が含まれるために、比率的には中国本土以上の要素と言えます。

 

ただ客家の中にも海峡華人となり、その要素を含まないリー・クアンユーの様な存在もあり、彼ら英語派華人グループと共産系の華語派華人グループとは独立までは共闘して行きますが、その後は真っ向から対立して行きます。

 

次に、外因的要素にはシンガポールにはマレーシアの存在が大きく関与しています。

 

シンガポールは領土的・人口的にも極めて小国であり、食料や水など生存に必要なものをマレーシアに依存しており、独立もマレーシアとの合併を前提に進められました。

マレーシアは華人よりもマレー人が多く、そのため共同体要素が薄く、シンガポールにおける共産系グループの源流であり圧倒的多数が華人であるマラヤ共産党が、戦後日本軍に協力したマレー人に報復したことも相まって反共が国是となっていました。

リー・クアンユーの海峡華人グループは、マレーシアとの合併問題よって、共産系グループ追い出すことに成功します。

つまり、共産主義国家成立には内因的に負の要素と言える海峡華人外因的に負の要素と言えるマレーシアなどの存在によってシンガポールは共産主義化から免れることができました。

 

その後、共産系グループを駆逐したリー・クアンユー海峡華人グループが主導する人民行動党一党独裁確立して行きます。

マレーシアとの民族間軋轢により、シンガポールは合併後、独立せざるを得なくなります。

水源や食料の大半をマレーシアに依存し、資源も乏しく、経済的・政治的にもマレーシアの支配下にあるといってもいい環境下で独立国家と 自立していくのは極めて困難な状況でした。

しかし、同時に移民社会のシンガポールは、アメリカの様に、封建的王や貴族などの伝統的支配者層が存在せず、ゼロから自由に国造りをすることができる環境でもありました。

ただアメリカのような民主主義政治が導入されたのではなく、リー・クアンユー率いる人民行動党による一党独裁政治が行われました。

シンガポールはプロテスタント国家ではなく、自決思想が根付いていないために民主主義を導入したとしても❸の政治形態(詳しくはこちら)に転落してしまう可能性が高かったと思われます。

人民行動党の独裁の批判に対する反論の弁としての欧米流の民主主義ではアジアの国々は崩壊してしまうため、ある程度の独裁はやむを得ないという論理もある程度的を得たものと言えます。

共産主義化した中国・北朝鮮・ベトナムの様に科挙と結びついた人治主義である儒教が国教的影響力を及ぼし、他決思想の要素強力に浸透させた程ではなくても、プロテスタント国家の様に自決思想が強い状態でもなく、他のアジアの国々同様にプロテスタント以外の宗教つまり、他決思想的な宗教の影響下にあるため、他決思想がひときわ強い儒教の影響作用により共産主義化に強く誘導される程ではなくても、自決思想の欠如から民主主義を導入しても、❶の政治形態に到達できずにワイマール共和国時代のドイツ・憲政の常道期の日本・ソ連崩壊直後のロシアの様に、❸の政府形態により混乱と衰退の状態に陥ってしまうリスクが高かったと思われます。

リー・クアンユーらは感覚的にそれらのリスクを選択せず、つまり欧米流の民主主義を導入せずに、事実上の一党独裁による基本的にはの政府形態の方式を選択して行きました。

その中で、欧米の民主主義国家とはまた違う形態客観的評価システムの整備がなされて行きました。

 

③シンガポールにおける客観的評価システム

まず、シンガポール特有の客観的評価システムとして挙げられるのは、結果的客観的評価システムの一つである公務員給与が GDP と連動しているシステムです。

 

世界恐慌になった21世紀初頭のリーマンショック時には、 GDP が急落したために公務員給与が大幅に減額され、大統領・首相・閣僚レベル・官僚のトップ・国会議員なども2割近く削減されました。

逆に前年比で15%ほど  GDP が増加した年には、上級公務員には8ヶ月分の GDP ボーナスが支給されました。

民間企業の業績とGDP が伸びた時は高い給料が支給され、下がれば支給される給料が減額されます。

そのため、シンガポールの官僚は民間企業の業績を上げ 、GDP を伸ばすために必死になります

他国と比較する官僚は非常に高い給料が与えられ、30代前半で2000万以上の給料を手にし、40代半ばでは1億円を超える者もあり、このことがシステムを十分に機能させることに大きく寄与して行きます。

 

同じシステムをシンガポールを真似て導入した中国においては、官僚の給料極めて低いため、客観的評価システムの方向性よりも、得る利益が莫大な不正による利益追求の方向性に流れてしまい、機能不全どころか、ゴーストタウンの出現環境破壊などプラスの作用よりもマイナスの作用の方が大きく、逆効果になってしまったのとは対照的と言えます。

 

 

第二に挙げられる客観的評価システムは、条件的客観的評価システムの一つであるリットシステムです。

 

独裁国家の特有の性質として、政治家・官僚などのパブリックサービスの職業の者が、民主国家と比較すると圧倒的に権限を持ち、重要視されています。

そのため、パブリックサービス分野の人材育成やピックアップに関しては、非常に特化している傾向にあります。

シンガポールにおいても、最も有能な人材をパブリックサービスに就かせるべきだという思想に基づき、人材をその分野に集中させるための待遇面や育成システムが充実しています。

これは民主国家が場合によっては、素人的、ほとんど政治的知識のない大衆政治家が乱立し、時には政治的トップに立ってしまうのとは対照的であり、独裁国家が安定した民主国家よりも 優れている唯一の事柄と言えます。

政治分野は当然として、他の分野においても、シンガポールは人材こそ最大の資源の考えの下、充実した奨学金制度などで国内外から優れた人材確保します。

大学の研究者や学生の半数をはるかに超える者が国外出身者になり、研究所のトップに欧米のトップクラスの研究者が据えられて行きます。

それらが欧米の企業の拠点をシンガポール誘致するアドバンテージになる等、企業にかかる税率の低さと相まって、全世界的に有力な企業をシンガポールに集めるための大きな役割となり、資源の乏しいシンガポールが人材を最大の資源とし、アジアにおける最先進国としての地位を築いていく大きな要因となります。

 

 

第三に挙げられる客観的評価システムは、本来ならば❷の政府形態である状況では機能しないものであるはずの民主主義から派生する結果的客観的評価システムです。シンガポールは大半をグループ選挙区にしたり、ゲリマンダー的に選挙区割りをしたりすることによって、強力なヘゲモニー政党制を作り出すことにより、事実上一党独裁を保持してきました。

 

しかし、選挙自体秘密選挙不正操作もありません

投票率も棄権者には罰則規定があるため、90%以上の高率となっています。

つまり、政権党の政治に対する大多数の国民による得票率による評価システムにおいては、政権党が変化しない等、一部機能が欠落しているところがありますが、基本的には成立していることになります。

人民行動党の得票率が下がると、政府は高学歴女性の優遇措置を廃止するなど政策を変更したり、体制の改善処置を行います。

2011年の当時過去最低の得票率の時は、リー・クアンユーは責任を取り、完全引退しました。

リー・クアンユーは偉大な政治家といえますが、当然のことながら欠点もあります。

遺伝的、能力主義を重要視し、世帯収入が低く、学歴の低い母親の避妊手術を奨励する一方、大卒の母親には有給休暇や税金面で優遇措置が与えられ、生まれた子供にはエリート学校への入学が優先的に認められるなど先天的格差を生み出そうとします。

これらは、先述した通り、結果的客観的評価システムの改善・修正機能により政策修正が行われましたが、ギフテッドと発達障害が紙一重という実態からも、先天的能力選別作業よりも、後天的にどうそれぞれ与えられた能力を適材適所に育成し、伸ばしていくかの作業の方が社会の健全的発展のためには必要と言え、先天的能力主義よりも後天的努力主義が重要視されるべきと言えます。

ただ人民行動党の得票率が下がると、それ以外のケースにおいても、一定の改善作業が行われ、場合によってはリー・クアンユーの引退など最終政策決定者の責任対応も取られて行きました。

 

これは同じ❷の政府形態であるロシアのプーチン政権において不正選挙が蔓延し、結果的客観的評価システムがほとんど機能せず改善機能が働かなかったこととは対照的と言えます。

共産主義など独裁政権においては、通常は機能する客観的評価システムは条件的客観的評価システムであるメリットシステムだけです。

しかも、時間の経過とともに、腐敗・癒着を伴うグループ主義形成がされ、その機能さえも低下して行きます。

 

シンガポールでは、メリットシステムだけではなく 、GDP と連動したもの政権党に対する得票率によるもの等の結果的客観的評価システム機能するため、メリットシステムの時間経過による機能低下も防御でき、総合的複数の客観的評価システムの量と質の整備度は、 他の先進国や民主国家に比較しても充実しており、官僚が指導する官僚主義国家でありながら、官僚の弊害、権力の集中にアジアの中で最も毒されていない国との評価を得ており、腐敗認識指数や国際競争力も常に世界最良のトップクラス維持し、継続した発展により、小国でありながら、世界の最先進国としての地位を築き上げました

 

次回⒁国際機関の近現代史を客観的評価システムの観点から考察

前回⑿ドイツの近現代史を客観的評価システムの観点から考察

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