なぜプーチンという化け物が生まれたのか?

この現象をプーチンという一個性の問題にしてしまうと何の解決にもなりません。

このプログのトップページの序文にあるように、ここでは基本的に人に責を帰するのではなく、システムにその全ての責任を追わせるものとします。

急激な民主化が20世紀終末にロシアで進行したとき、民主主義と並行して客観的評価システムを形成することができませんでした。

客観的評価システムを形成できない民主主義国家は❸の貴族制封建国家のような政府形態となってしまいます。(詳しくはこちらをクリック

つまり、責任を取るものが明確でなく、表面的代表者をすげ替えても、実質的な権力体制、問題点がそのままで改善されない場合が多く、社会が沈滞し、紛争が多発し、人々が貧困に喘ぐ傾向になりやすい国家となります。

実際的に、民主化直後のロシアは正にそのような凋落と混沌の悲惨な状況に置かれてしまいます。

その中で誕生したのが❷の政府形態の性質を強くもつプーチン政権でした。

これらの現象は、フランス革命後の共和制ドイツのヴァイマル共和制大日本帝国の憲政の常道期などにもみられますが、これらは全て衆愚政治を経て、独裁政権に至ってしまっています。(詳しくはこちらをクリック

では、なぜロシアは民主主義と並行して客観的評価システムを形成することができなかったのでしょうか?

歴史的にギリシャ正教会を国教としてきたロシアの民族性が他決思想の傾向にあるからです。(詳しくはこちらをクリック

アメリカ型の民主主義を急速に導入すると、民族性がアメリカのように自決思想の傾向の強いプロテステント系の傾向の強ければともかくとして、そうではなく他決思想の民族性を基盤としている状況下では必然的に、ドイツの社会心理学者であるエーリヒ・フロムが自由からの逃走と表現した民主制から独裁へ動きが生じることは歴史的に見ても必然の事柄といえます。

自由からの逃走というよりも、❶形態になれない中で、❸形態から❷形態への逃走と表現した方が良いかもしれませんが・・・

大事なことは民主主義制度よりも客観的評価システムを定着させることにあるのですが、では現在のロシアにおいてどのようにすれば客観的評価システムを定着させることができるのでしょうか?

衆愚政治を経て、独裁政権に至ってしまった戦前のドイツや日本は戦争に負けることによって国際的に半分強制的に客観的評価システムを定着させる形となりました。

しかし、多量の核を保有するロシアが戦前のドイツや日本のように完全降伏することはなかなか考えにくい現実があります。

つまり、戦後のドイツや日本のように、民主主義から派生する客観的評価システム(詳しくはこちらをクリック)をロシアが構築する未来はなかなか難しそうな状況といえます。

ではどうすべきか?

民主主義から派生する客観的評価システムは無理でも、その他の客観的評価システム(特に同じ独裁国家でありながら複数の客観的評価システムを保有し、世界と協調し、平和を保ち且つ経済的にも発展しているシンガポール<詳しくはこちらをクリック>がいい題材・手本となるのでは?)なら可能ではないでしょうか?

大事なことは、世界の首脳、ロシアの首脳部、ロシアの国民いや世界の人々全員が協力してより良いシステムを構築していくことが必要不可欠です。

歴史的に見て、平和(争い・対立のない社会・世界)を創り出すには、平等・民主主義という概念よりも公平性・客観的評価システムという概念のほうがキーワードとなっていることが如実にわかります。

前者(平等・民主主義)が平和に導くのであれば、古代都市国家アテネや近現代の共産主義国家が他の歴史上のアベレージの国家に比較して、はるかに争い・対立の満ち溢れた場合によっては最上位レベルと言っていい程の激しい戦争もしくは紛争・対立状態を生み出している事実を説明できません。

平和(争い・対立のない社会・世界)を創り出すには、皆が目指すべき指標を間違えてしまうとどんなに皆が協調し、努力しても残念ながら逆効果となり、戦争・紛争・対立状態を次々と増産させてしまう結果になってしまいます。

皆が歴史を学び、目指すべき指標のもとに協調・努力し、平和(争い・対立のない社会・世界)を創り出せることを祈るばかりです。

 

 

 

 

 

おすすめの記事