中国とシンガポールの類似点としては、同じ中華民族が多く占めること、一党独裁の国家であること、GDP成長率を官僚の評価システムの指標にしていることなどが挙げられます。
相違点としては、国土の大小、官僚の腐敗度などが挙げられます。
シンガポールはアジアで最も官僚の腐敗度が低いとの評価を受けています。
それに対して中国は真逆の評価を受けています。
この相違点はどこから生じてくるのでしょうか?
先ず考えられる要因は国土の大小です。
国土の大小が違えば当然のことながら人口の大小つまり、構成される組織の大小も変わってきます。
組織というものは、社会生活分野、経済活動分野、どの分野においても大きくなればなる程、悪貨(グループ主義)が混入しやすくなり、客観的評価システム(詳しくはこちらをクリック)の介入がなければ、悪貨が良貨を駆逐するという流れにより、グループ主義・癒着・不正が蔓延るようになります。(詳しくはこちらをクリック)
グループ主義の鉄則によって、たとえ少数であっても、公益でなく一部のグループの利益を主としたグループ形成ができると、オセロゲームのように、全て善悪がひっくり返ってしまい、それに反するものは中心から外されたり、組織を追い出されたり迫害を受けてしまいます。
公共善を指向する人々(良貨)は、自分たちの時間・努力場合によっては財力やリスクを掛けて、それを成さしめようとします。
それに対して、グループ主義を志向する人々(悪貨)は、自分たちの利益と直結しやすい癒着や利権の構築に同じように、時間や労力などを費やします。
個と公(おおやけ)をリンクさせるシステムが特別なければ、自然の流れで前者は後者に駆逐されます。
前者の行動は後者に比べて、自分たちの利益に直結していないからです。
特に公共善のために既得権益を相手に改革を志す者は、さらにその度合いは激しくなります。
集団欲というのは、外部の敵に対しては凄まじい結束力を持って攻撃性を放つからです。
公共善のために尽くす社会利益主義者や改革者は、個と公(おおやけ)を直結するリンクによって優遇・保護するシステム(つまり客観的評価システム)がないと自然の流れの中で迫害され、除外される傾向が極めて高くなります。
」を参照
特にミクロからマクロになるにつれて、そのリスクは増大していきます。
規模が大きい程、悪貨が存在する率が高いため、客観的評価システムの介入がなければ、グループ主義がドミノ倒しのように急激に進行しやすくなるからです。
つまり、人口規模が世界一である中国は小さな島国であるシンガポールよりもはるかにグループ主義・腐敗が進みやすい環境にあるということです。
もう一つの要因はGDP成長率を官僚の評価システムの指標とする客観的評価システムの質の問題です。
シンガポール特有の客観的評価システムとして挙げられるのは、結果的客観的評価システムの一つである公務員給与が GDP と連動しているシステムです。
世界恐慌になった21世紀初頭のリーマンショック時には、 GDP が急落したために公務員給与が大幅に減額され、大統領・首相・閣僚レベル・官僚のトップ・国会議員なども2割近く削減されました。
逆に前年比で15%ほど GDP が増加した年には、上級公務員には8ヶ月分の GDP ボーナスが支給されました。
民間企業の業績とGDP が伸びた時は高い給料が支給され、下がれば支給される給料が減額されます。
そのため、シンガポールの官僚は民間企業の業績を上げ 、GDP を伸ばすために必死になります。
他国と比較すると官僚は非常に高い給料が与えられ、30代前半で2000万以上の給料を手にし、40代半ばでは1億円を超える者もあり、このことがシステムを十分に機能させることに大きく寄与して行きます。
同じシステムをシンガポールを真似て導入した中国においては、官僚の給料が極めて低いため、客観的評価システムの方向性よりも、得る利益が莫大な不正による利益追求の方向性に流れてしまい、機能不全どころか、不動産バブル、ゴーストタウンの出現や環境破壊などプラスの作用よりもマイナスの作用の方が大きく、逆効果になってしまったのとは対照的と言えます。
これらの二つのに要因より、中国とシンガポールは同じ中華民族が多く占め、一党独裁の国家であり、GDP成長率を官僚の評価システムの指標にしているという多くの類似点を持ちながらも、官僚の腐敗度という点では全く真逆の様相を示しています。