皆様ご存知でしょうが、King of 自己啓発といわれるのがスティーヴン・コーヴィー氏著の七つの習慣です。

第1の習慣「主体的である」

第2の習慣「終わりを思い描くことから始める」

第3の習慣「最優先事項を優先する」

第4の習慣「Win‐Winを考える」

第5の習慣「まず理解に徹し、そして理解される」

第6の習慣「シナジーを創り出す」

第7の習慣「刃を研ぐ」

上記七つの項目から構成されます。

 

⑴第1の習慣「主体的である」の考証

簡単に言えば、Ⓐ反応的・感情的ではなく、Ⓑ理知的・選択的であれというということです。

Ⓐは嫌な事があったり、言われたときに、反応的・感情的に怒ったり、切れたり、へたをすると暴力さえふるってしまう本能的に行動することです。

Ⓑは嫌な事があったり、言われたときに、理知的・選択的に熟考し、怒ったり、切れたり、へたをすると暴力さえふるってしまうと相手も傷つけるし、自分自身にも結果的に大きな-(マイナス)になる、しかし、そのままにしておくと、自分自身ストレスが溜まってしまう、よってそのときは軽くスルーして、その後不満をオブラートに包んで相手に示唆するか、その様な状況下にならないように、建設的・前向きにに努力していくか等を選択的に理性的に行動していくことです。

そこから派生して、自分自身に起こった出来事は全て自分の責任であり、人や環境のせいにしてはいけないという考え方です。

まさにその通りだと思いますし、習慣として定義して意識しないまでも、皆さん少なからず、無意識下でその様に行動されてる方が多いと思います。

しかし、それを習慣として定義して意識することによって、より安定的に実践できることは非常に好ましい結果に繋がるのではないかと思います。

ただ、自分自身に起こった出来事は全て自分の責任であり、人や環境のせいにしてはいけないという考え方ですが、方便的・原則的にはその様に考えるべきだと思いますが、実際的・現実的には少し違うのではないかと考えています。

実際的・現実的に考えると、自分自身に起こった出来事の要因の大体3分の1が①自分自身の責任、3分の1が②周囲の他の人々の責任、③3分の1が社会環境の責任であろうと思われます。

そうでなければ、戦乱の時代や内乱・腐敗に満ちた発展途上国に生まれた人々が幸せになれないのはその人々自身の全責任としてしまうと、極めて救われない気持ちになり、同時に非常に理不尽にも感じてしまいます。

しかし、②の周囲の他の人々を変えるというのは、極めて難しいことであり、③を変えることに関してはさらにほぼ不可能といえる難易度のレベルにあります。

結果的に、すぐに、変化・改善しやすいのは①だけといえ、そういう意味で便宜的に、自分自身に起こった出来事は全て自分の責任であり、人や環境のせいにしてはいけないと考えて行動する方が、建設的・前向きな生き方といえます。

しかし、①の観点でいくら努力しても、結果が出ない、どころか逆に状況が悪化し袋小路に陥ってしまうことも多々あります。

そのような時は①における努力は継続させるとしても、並行して②、③に関してもアプローチをすること(できるできないは別にして)も精神的安寧のためにも望ましいことではないかと思います。

②のアプローチ関しての回答は別記事の各種の自己啓発本を読んで(人を動かす)もしくはこの記事の下記⑶のⒷミクロ的に、周囲の人間関係においてWin‐Win、++(プラスプラス)のシステムを構築して行く作業にあります。

③のアプローチは言い換えると下記⑶のⒶマクロ的に、社会全体においてWin‐Win、++(プラスプラス)のシステムを構築して行く作業になります。(詳しくはこちらで考証していきます)

 

⑵第2の習慣「終わりを思い描くことから始める」第3の習慣「最優先事項を優先する」の考証

自分にとって、何が人生の最終目的なのか、最優先事項は何なのか、ということは日々変化しているように思います。

常に、縛られずに改善・向上して行くには自分自身の定義を確定してしまうことは少し不都合感が生じてしまうように思います。

勿論、既に揺るぎない自己を確立している方のとってはマッチングする習慣といえます。

しかし、自分にとっては少し合わない要素となるため、この習慣は今の自分自身の状況においてはスキップしていきます。

 

⑶第4の習慣「Win‐Winを考える」第5の習慣「まず理解に徹し、そして理解される」第6の習慣「シナジーを創り出す」の考証

これら上記3つの習慣はsetになって考えていくべきものとなっています。

つまり、第4の習慣「Win‐Winを考える」のために第5の習慣「まず理解に徹し、そして理解される」第6の習慣「シナジーを創り出す」を実践して行くということです。

第4の習慣「Win‐Winを考える」に関しては、以前から自分自身とっても「++(プラスプラス)の関係」という類似した言葉によって日常的に意識し、周囲の人間関係や追及する社会システムにおける主要で中核的な目的項目としていました。

このブログのdreamingの中心的議題になっている客観的評価システムも、結局のところは周囲の人間関係や社会システムにおける++(プラスプラス)の関係を構築するためのものです。

ただ、Ⓐマクロ的に、社会全体においてWin‐Win、++(プラスプラス)のシステムを構築して行く作業は、それが正しいのかどうかの検証ができないため、机上の空論の中でインプット(情報収集)とアウトプット(情報発信)を地道に、果てしない長い期間において掛けて行くしかありません。

Ⓑミクロ的に、周囲の人間関係においてWin‐Win、++(プラスプラス)のシステムを構築して行く作業は、マクロ的・社会全体におけるものと比較すると断然に、当然のことながら達成しやすいものとなります。

しかし、その分、既存の社会システム・環境的な制約・制限のなかで構築していかなければなりません。

加えて、Ⓐは主として客観的要素だけで、自由に構想して行けますが、Ⓑは主観的要素の介入を大幅に考慮して進めていかなければなりません。

つまり、Ⓑにおいては事実的に正しいことより、主観・感情的なものの方が優先することが多々あるということです。

 

過去の自分自身のⒷの作業においては、Win‐Win、++(プラスプラス)という方向性・到達目的などは確立していましたが、そのための手段・方法論における経験・知識が圧倒的に不足していました。

その中での、手段・方法論としての第5の習慣「まず理解に徹し、そして理解される」第6の習慣「シナジーを創り出す」を実践して行く流れは、漠然とその流れを模索していたとしても、一つのはっきりとした指標を示してくれたことで、手段・方法論的なものも安定してアプローチできるようになりました。

これは各種の自己啓発本を読んで(人を動かす)での②のアプローチと合わせて実践して行くとより安定的になりました。

++(プラスプラス)のシステムを構想して行くために②の他の人々を変えるというということと周囲の人間関係においてWin‐Winの関係を構築ことは結局のところ共通項が極めて多く、ほぼ同義であり、当然といえば当然といえます。

先ず、疑心暗鬼になっている相手に対して、本を紹介すること等によって、自分自身の具体的な方向性を提示するのに極めて便利であり、また第4の習慣「Win‐Winを考える」の項目自体にある思いやり勇気の両方必要であるという要素の提示は、ソフトにコミュニケーションアプローチをすることが、相手によってはLose-Win(自分が負けて、相手が勝つ)を強く誘導してしまう傾向をある程度は緩めることができます。

第5の習慣「まず理解に徹し、そして理解される」は鴨頭嘉人氏の「聞き力」と共通するところで、コミュニケーションを苦手としていた自分自身に、大事なことは話すテクニックではなく、真摯に傾聴することであるということを重ね重ねインプレッションしてくれました。

第6の習慣「シナジー(相乗効果)を創り出す」は、1人+1人=2人となるところが、チームが結束すると1人+1人=3人~4人分ともなることです。

そのために、相手の案でも自分の案でもなく、お互いが満足できるような全く新しい「第3の案」となる解決策を、「まず理解に徹し、そして理解される」というコミュニケーションの中で追及・創造していくという内容です。

これは(太字、下線部分)、自他供にとっての互いに目標とするものを達成するための作業の方向性を把握するにおいて極めて分かりやすい表現の様に思います。

それが上手く成功するかは置いといても、両者の関係性を良好にするにおいては少なくともプラスに作用するのではないかと思います。

ただこの第4~6の習慣にしても『人を動かす』にしても②のアプローチをするにおいては、その影響を社会全体に及ぼすことつまり③のアプローチに発展させることは極めて困難であり、場合によっては必然的にプラスと逆のマイナスの作用を社会全体に及ぼしてしまう可能性、つまりグループ主義を助長してしまう可能性も見え隠れしています。

また、この②のアプローチをするミッションの場が社会全体・公的要素の影響を強く受ける場合(報酬・収入などが主として公などから支出されているなど)、その設定されているシステムが社会全体とミッションの場のグループ間とWin‐Winの関係を構築し易いようになってない時は、公が設定しているシステムを変えることは極めて難しいため、②のアプローチをするミッションもしくは周囲の人々とWin‐Winの関係を構築していく作業は困難なものとなってしまいます。

どっちにしても③のアプローチに発展させるような(社会全体に影響を及ぼすような作業)要素が必要となって来ます。

しかし、個のレベルで社会全体に影響を及ぼすにはどうしたら良いのでしょうか?

上記のⒶマクロ的に、社会全体においてWin‐Win、++(プラスプラス)のシステムを構築して行く作業で述べた様に、机上の空論の中でインプット(情報収集)とアウトプット(情報発信)を地道に、果てしない長い期間において掛けて行くしかないのでしょうか?

これらの③のアプローチに関しては別記事(②のアプローチと③のアプローチは性質的に相反するのか?)で考証して行きます。

 

⑷第7の習慣「刃を研ぐ」の考証

 

森の中で木を倒そうと、一所懸命ノコギリをひいている木こりがいます。

しかし、いくらがんばって木を切ろうとしても、ノコギリの刃がさびついていたり、なまっていたら、なかなか木は切れません。

刃を研いでやるとあっという間に木が切れて倒れてくれます。

それと同じで物事を成功させるためには、先ず自分自身という大切な資源を維持し、磨いていくことが大切ということです

具体的に刃を研ぐ作業とは、個人のPC(personal capability)である肉体、精神、知性、社会・情緒の4つの面の能力を伸ばすということになります。

刃を研ぐ作業

㊀(肉体に関して)食事・運動・休息などに気を付けて健康を保つように心掛ける

㊁(知性に関して)日常的に、本などを通して知識を蓄え、知性を高めて行く

㊂(精神に関して)自分自身の方向性・ミッション・アイデンティティを確立していく

㊃(社会・情緒に関して)自分の置かれている環境下での周囲の人々との交流の中で、自我を高めていく

自分自身のこの刃を研ぐ作業について考えると

㊀はまたブログ内で健康に関する項目を追加し、模索・追及していく予定です。

㊁はブログ内のReading項目において、質・量ともに充実させるように努力して行きます。

㊂全ての人・グループ・社会との「++(プラスプラス)の関係」という以前からの自分自身とっての中核的目的を大切に、そのためにはどうすべきか?を常に自問・模索していくようにして行きます。

㊃自分の置かれている環境(ミクロな環境下)での人的交流の中で、自我を高めていくことによって、机上の空論にならない形でのマクロ的に提言できるものを生み出せるように努力していきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おすすめの記事